青年のポケットには凶器がある



 急行の停まる駅ならそこそこ都会だろうなんて、それはまったくの勘違いで、駅の周辺だけ無駄にがんばっちゃってる所ほど、ちょっとバスに乗って数分揺られたら山が見えてしまったりするのだ。まさにそんな郊外がオレの最寄駅であり、そこの寂れ具合の証明となる事柄が、白昼堂々起こった衝突事故と死体の持ち去りに、ただ一人の目撃者もいないこと。

 おかげさまで、今もオレはヒーローをしている。



「遅いなぁ…野島さん」

 夕方6時ともなれば早々に店じまいをする商店街の片隅、屋根にふざけたアンテナのついた「秘密研究所」のシャッターに背を預けて、オレは彼を待っていた。
 ヘラクレス野島なんて名前は、当然本名ではないのだろうが、オレは彼の下の名前を知らない。「野島さん」と呼べば、「何だ」と応じる、それでいいかと思えた。彼はパワフルライダー1号で、オレは2号。だから怪人が出れば先に出動するのは野島さんの方だった。オレが行くはめになるのは、彼の心が折れたときだけ。ちなみに、3回に1回はオレが出ている。割と頻繁にヘシ折れている。

(この間だって、そうだった)

 ピーコートのポケットを手で探る。ちょうど手のひらに馴染むサイズのグリップと、そこから伸びる金属。ドライバー。これでゴリゴリやったらオレの脛のカバーは両方外れたけれど、野島さんのは片足だけ残った中途半端な状態だ。それというのも、先日彼の部屋で外してあげようと試みたら、「音が怖い!感触が怖い!」と、そんなにかってくらいに怯えたので途中でやめるしかなかったのだ。

 オレがオレでなくなる気がする…!とまで言わせてしまったあの瞬間、ざわりときたものは、何だったろう?


 近くの小学校の方角から、下校をうながす鐘の音が聞こえる。まだ校内に残っている生徒は…。もうそんな時間か。ここに着いたとき、所長の山岸から「1号は2時間前に出動した」と聞いた。それならそろそろ戻ってくるだろうと待っていたのだが、そこから1時間待ったわけで、出動して3時間かかっていることになる。

 てこずっているのだろうか。
 蹴るなり突き飛ばすなりしてしまえば早いのにと、常々そう思っているのだが、彼らにとっての戦いとはそういうふうな攻撃ではないのだろう。心を攻撃するなんて回りくどいやり方で、今日も市民の平和は守られている。オレならば、もっと。

 もっと直接的に。

 ずいぶん待ったと自覚したら途端に焦れったい思いがして、手慰みにポケットの中のそれを弄んでいた。すぐにまた会うと思っていたから、もうずっとポケットに入れっぱなしだ。いまどき携帯も持っていない(ということを先日初めて知ったのだ)野島さんに会うには、ここへ来て待つしかないという可能性を、今このときまで気がつかなかった。それほどにあの人のことを、考えたりなどしなかったから。

(遅いな……)

 グリップの先から、くっと細くなる金属はひんやり冷たかった。指でたどっていけば、途中でまたマイナスの形に広がる。これを差し込んで内側から押してやったら、無理が祟ってやがて、乱暴にこじ開けることができるだろう。多少の悲鳴と泣き顔は承知のうえで、いずれは解放感がおとずれるのだ。自分がいっぺんに得たその宿命からの解放を、片足だけのお預けで耐えている彼なら、きっと尚更待ちわびているのではないか。ねぇ、野島さん、どんな顔をしてくれる?

(ああ、そうなんだ)

(オレはもう――)



「……佑川?」

 お前はこんなとこで何をしてるんだ、と長いダッフルコートのフードまできちんと被った彼に声をかけられた。強敵だったんですね、と質問に答えず返したら、受けたダメージがうずくのか肩を押さえて、「ああ」と言う。

「ヤツめ…オレの着信履歴に所長の名前しかないことを指摘してきやがった…。しかしオレは言ってやったのさ、『お前、赤外線使ったことないだろ!』…ってな。それでヤツの心はポッキリ折れたぜ」

「だから、かっこつけて言わないほうがいいですよ――って、え?野島さん携帯買ったんすか?」

 所長に言われて仕方なく買った、と言う。オレが不便だから買ってくださいと言ったときは「だって全然鳴らなかったら心が痛いだろ」なんて言って買う気を見せなかったくせに。しかもそうなると、最初に登録された連絡先は所長ということだ。あのやろう、今度会ったら頬をつねり上げるくらいじゃ済まさないぞ。

「…だ、だからだな、お前とも連絡取れるから、こんな所で待っていなくても…いくら改造されてたって寒いもんは寒いんだし……」
「あれ?野島さんを待ってたなんて言いましたっけ」
「うっ!違った…か」
「いーえ、違いません。1時間待ってました」
「それは…悪かった」

 だからあっためてくださいよ、野島さんちのコタツで。
 そう言ったら「いいぞ」と何も考えてない返答があって、彼にはきっと理由の分からない笑いがこみあげてしまう。「オレは、案外ムッツリだったんです」声が笑っている状態のままでそんな独り言、やっぱりあなたは頭の上に「?」を浮かべて。しょうがないな、オレはこれから、この間の続きをしたいと考えているのにね。

「それにしても、忘れてました。オレたちって一度死んで改造されてるんでしたね」
「そんな大事なことを忘れるな!普通の人間じゃ、とても怪人たちとはやりあえんだろうが」
「そうかなあ……」

 でも、確かに少しだけ普通じゃない。あの日から傷の治りが早くなった気がするし、夜も眠る気にならなければ何時間でも起きていられた。オレがそうなんだから、野島さんもそうなんだろう。

「じゃあ行きましょう、野島先輩」
「…!お、おう」

 たわむれにそう呼んでみたら、まんざらでもない表情で張り切って先導を務める。所長へ報告に来たんじゃないのかなあと思ったけれど、わざわざ教えたりなんてしなかった。早く再び、あの部屋へ行きたかった。手の中の金属はぬるく、グリップはわずかに汗で湿っていた。

「あーー、楽しみだなあ」
「別にオレの部屋には何もないぞ、知ってるだろ」
「や、いろいろ教えてほしいことがあって」


 教えて、野島さん。

 英雄がどれほど丈夫にできているのかを。


「そうか!任せておけ!」
「あっはは」


 もう、すっかり熱を持った

 この手のなかには、凶器がある。





 終









ちょっ…!!!!
ちょおおおおおお!!!!!

うしろがみの繪子さんよりいただいてしまったパワフルライダーズ…!!


野島ーーーー!!!逃げてーーーーー!!!!!!!!!笑!


ま、まじですごい!!
練りに練られた構成に、もう思わず画面の前で「うむうう…!」と唸るしかありません!!
この短い作品の中にどれだけの仕掛けが巧妙に隠されていることか!!
読めば読むほど、読み返せば読み返すほど奥深さに深入りしてしまう…!!どことっても名台詞だよ!!!
佑川が持つドライバーは「あたりまえの好奇心」の象徴なのね…!(繪子教幹部)

2人ともやっぱり改造人間っておまえ…!!!このハートどろぼう…!!!!!
眠りの訪れない夜のけもの2匹ってことかああああ!!!!!!はあはあ、なにそれどんなミステリアスはあはあはあ可能性を感じる





「オレならば、もっと。」
みなさんならどうしますか!




野島さんのあの髪は洗うと全部降りるんですよね…毎朝時間かけてセットしてるんですね、分かります。


繪子さんすばらしい作品をどうもありがとうございました!!!うおおおお!!!!!